友部正人リクエスト大会2013 (2013/10/20 STAR PINE'S CAFE)

リクエスト大会は、観客が開演前に友部さんに歌ってほしい曲を紙に1曲書き、その紙が入った箱から友部さんがクジのように1枚ずつ引いて歌うという形式。私も開演前に1曲を書いた。長方形の紙を横長の向きにして書いて、紙を左右で二つに折りたたんで、バーカウンターの小さな籠に入れた。

左手に置かれたリクエストボックスから紙を引き、紙を開いて一瞥すると友部さんはすぐに歌い出す。リクエストボックスの手前にはこれまでに発表した曲の歌詞のファイルがあって、曲によっては友部さんはそこから歌詞を取り出して右手の譜面台に置いて、そしてすぐに歌い出す。その間はほんの数秒で「シンガーソングライター」とはこういうものなのかと驚いた。リクエスト曲によって(!)ゲスト出演したバイオリンの向島ゆり子さん、クラリネット安藤健二郎さんとあうんの呼吸で演奏する姿も素晴らしかった。


時々、リクエストボックスからひいた紙を見てすぐに次の紙をひくこともあったから、すぐには歌えない歌もあったのかもしれない。けれど、“大阪へやってきた”(1972)や“密漁の夜”(1973)といった40年前の曲も、“歯車とスモークド・サモーン”(2012)や“マリーナとウーライ”(2013)といった最新の曲も、どの曲も「今・ここ」の歌であったことにもう一度驚いた。
友部さんの歌は古くなったり、懐かしくなったりすることがない。それはとても不思議なことのように思えたけれど、目の前で歌われる友部さんの歌を聞いていると、それが当然のことのようにも思えた。そして、その不思議と当然を余韻として感じながら、家に帰った後、ライブ後に買ったCD『ぼくははじめひとりだった』(1988)のブックレット中の「ぼくの解放感」という文章を読んで、なるほどそうかと思った。

悲しい時に作った歌は、今も悲しいままだけど、それは歌の中の悲しさだから、悲しくってもちっともかまわない。
歌の中に出てくる「昨日」は明日も昨日のままだけど、それは歌の中だから、「明日」になれなくってもかまわない。
歌の中で別れた人と、歌じゃないところで出会ったとしても、別れの歌がその日から出会いの歌になる訳じゃない。

「それは歌の中だから」という言葉は、歌の世界を限定するものであるようでいて実は逆なのだということが、友部さんの生の歌を聞いた直後にはよく分かった。むしろそれは、歌の世界をいつまでもどこまでも生かそうと、それを生きようとすることなのだと思った。歌を歌うということにおいて、友部さんはとても勇敢でとても残酷で、だからこそとても優しい人なのだと思った。
リクエストされて歌った曲の中には、今は亡き人を想う歌や、製作に関わった人が故人となっている曲がいくつかあった。高田渡のお葬式で歌詞が浮かんだという“朝の電話”は、その悲しみをちっとも減じることなく今も悲しいままの歌だった。それは「歌の中だから、…ちっともかまわない」という友部さんにしか歌えない歌だと思った。友部さんの歌の中では死んだ人はいつまでも生きているようだった。


真島昌利がカヴァーした“地球の一番はげた場所”や,初めて聞いた“ある日ぼくらはおいしそうなお菓子を見つけた”,おそらくこの日複数の人がリクエストしたであろう“愛について”など、印象に残る曲はいくつもあった。けれど、この日一番深く心に残ったのは、やはり自分がリクエストした“六月の雨の夜、チルチルミチルは”だった。
友部さんがひいたリクエストは、紙を縦長に使って上下で二つ折りになっていることが多かった。だから、横長で左右に二つ折りにした紙を友部さんが手に取る度にどきどきした。そして、不思議なことに、友部さんが私の紙を広げた瞬間、直感的に「あ、これは私のだ」と思った。なぜそう思ったのかは説明できないけれど、こんなこともあるんだなと思った。そして、曲名を告げずに友部さんがハーモニカを吹き始めた瞬間、歌い出した瞬間、何ともいえない深い気持ちを感じた。
この曲もまたとても悲しい歌だった。その悲しさは色褪せることなくみずみずしいままだった。「それは歌の中の悲しさだから、悲しくってもちっともかまわない」という友部さんの言葉そのままに。この日聞いたこの曲のことを、私はずっと忘れないと思う。思い出すたびに悲しい気持ちになるかもしれない。けれど、「それは歌の中の悲しさだから、ちっともかわまない」と思う。


17時に開演して、ライブが終了したのは21時だった。長いとは感じなかった。それは「豊かな時間」としか言えないような4時間だった。

友部正人セットリスト(2013/10/20)
第1部
紙の子供たち*
少年とライオン
道案内
こわれてしまった一日
ある日ぼくらはおいしそうなお菓子を見つけた
夕暮れ
密漁の夜
ニレはELM
早いぞ早いぞ
地球の一番はげた場所
歯車とスモークド・サーモン
大阪へやって来た


第2部
夕日の町から*
六月の雨の夜、チルチルミチルは
朝は詩人
私の踊り子
朝の電話
マリーナとウーライ
一日の終わりの長い足
老人の時間、若者の時間
まるで正直者のように
ぼくが心に思っていたことは
雨の音が聞こえる街
君が欲しい
ユミは寝ているよ
愛について
はじめぼくはひとりだった


−encore−
昨日までの明日
遠来*

(*はリクエストではない曲)