吉井和哉「みらいのうた」

吉井和哉の新レーベル“UTANOVA”からデジタルリリースされた新曲「みらいのうた」。

何もかも嫌になった こんな時何をしよう>と歌い出されるこの曲は、「コロナ禍」の生き難さをなぞりながら、過去を振り返り現在に向き合いそして未来へと思いを馳せる吉井和哉の横顔を浮かび上がらせる。

その歌声にはスマートフォンのボイスメモを聞いているかのような「近さ」と、弱さを分かち合う「優しさ」があって、吉井和哉の声の力を改めて感じた。静かに慎重に歌い出された歌が、曲が進むにつれて帆が風をはらむように力強く優しく、心に届いてくる。2コーラス目から美しいストリングスアレンジが加わるけれども抑制的で、曲全体を通して吉井和哉の声が強く印象に残る。

曲のタイトルから、ザ・イエローモンキーが2020年にリリースした「未来はみないで」の返歌のようにも思える一方で、吉井和哉がこれまでにソロとして発表してきた曲がいくつも思い浮かんだ――<プリーズ もうこれ以上 悪い出来事が 君と僕とに起きないように>という“LOVE&PEACE”(2011)の奥ゆかしい祈り、<そう誰にも見えない未来を行かなくちゃ>という“Don't Look Back In Anger”(2013)の怯えと覚悟、そして<あの日蒔いた種が育った/名前のない島へ行こう>という“Island”(2018)の過去と未来の交錯。これらの曲の面影が交錯しつつ、「みらいのうた」には吉井和哉のさらなる境地も感じた。

いつか全てが変わるなら今日もただ耐えよう
何度でも何度でも立ち上がってみせるよ
いつかここから消えるなら今日もただ歌おう
いろいろいろんなこと知ってしまう後も
君と僕を繋ぐメロディになるなら
怖くはない 未来の歌
いつか叶え
未来の歌

「いつか全てが変わる」ということは「ただ一切は過ぎ去る」ということでもある。それは、どんな辛苦もいつか必ず終わりを迎えるという救済であると同時に、大切なものも全ては消え去るという無常でもある――そんな未来の両面を一つの歌の中で同じ重みで抱きしめるように歌うということ。だから、この曲の吉井和哉の歌声はどこか儚げで、とても切ない。その切なさを通して、歌い手と聴き手が同じ時代を生きていることの、<君と僕を繋ぐメロディ>の奇跡を考えずにはいられなかった。

 歌詞の中の<幼い記憶だから寂しく思うけど/貝殻に耳を当てながら見た海よ>というフレーズがとても美しくて好きだ。「空」ではなく「海」が象徴するものは、吉井和哉にとって何なのだろうかと考えている。

付記:この記事を書いた翌日、自宅から車を走らせたその瞬間に、カーラジオから何の曲紹介もなくこの曲が流れてきた。感激と感傷が混じったような何とも言えない気持ちになった。夏空の下ハンドルを握りながら、この曲は、曲名も歌い手の名前も何も知らずにふいに耳にした人の心を静かに震わせて少しずつ多くの人に広がっていく、そんな歌になるんじゃないかと思った。

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吉井和哉|YOSHII KAZUYA OFFICIAL WEBSITE