劇団フライングステージ 第38回公演『OUR TOWN わが町 新宿2丁目』(2013/09/06 下北沢 OFFOFFシアター)

このお芝居には、新宿2丁目に縁ある人物として夏目漱石が登場した。彼の代表作『こころ』には、こんな一節がある。「記憶してください。私はこんなふうにして生きてきたのです」。この言葉に応えるように、このお芝居は終始こんなふうに告げていた――「憶えています。あなたはこんなふうに生きていました」。

数多くの翻案が上演されているというソーントン・ワイルダーの『わが町』の「新宿2丁目」版として、物語は新宿2丁目のさまざまな時代のさまざまな人達の姿を映し出しながら進んでいった。
前半は、江戸の宿場町、戦後の赤線地帯といった町の歴史を繙きつつ、「舞台監督」達が次々と新宿2丁目について講義していく。舞台監督達の「本のページをめくるように」というよりも「DVDのチャプターをスキップするような」ドライな手つきと語り口が印象的だった。飯盛り女の悲恋もパンパンの黄昏も、ひとつの「史実」として、資料館の展示を眺めるように語られ演じられていた。それは『わが町』という戯曲の構造自体によるものだったのかもしれない。けれど、その手つきと語り口はどこか「感傷」を遠ざけようとしているようにも感じられた。もしかすると、それは遠ざけていたのではなく、とても慎重に真摯に「感傷」を扱おうとしていたのかもしれない。ふっと気を緩めると今にも「感傷」が溢れ出てきそうになるからこそ。

中盤以降、物語の主軸は1987年に新宿2丁目で再会を果たした二人の青年に収斂していく。新宿2丁目に自分からやって来たゲイの大地と、新宿2丁目に生まれ育ちながらも町をよく知らないノンケの健一。この彼らそれぞれの新宿2丁目との関係が、物語の後半になって、自分自身のセクシャリテイに対する彼らの態度の隠喩となって浮かび上がってくることになる。
思えば、劇団フライングステージの作品で主人公となるゲイの青年は、心に葛藤を抱え、憂いを帯びた表情をしていることが多い。けれど、この作品の主人公の大地は、屈託がなくて、率直で、明るい。自分の欲望に正直で、他人を疑わない。自分の夢に前向きで、愛情にも友情にも怯えがない――そんな彼の姿を観ていたら、それは自分の知っているある人によく似ている気がした。そして、その人がかつて舞台の上にいた姿を思い出した。この辺りから、物語の前半で抑制されていた「感傷」が、舞台の上にも客席にも少しずつ広がっていったような気がした。

物語の後半、心がすれ違ったまま疎遠となった大地と健一は、2000年8月27日第1回レインボー祭りで久しぶりに再会する。新宿2丁目の歴史にとってひとつの節目となったこの日、夜空に打ち上げられた花火を、彼らだけでなく町のさまざまな人達がともに見上げる姿がとても印象的だった。それぞれの立場、それぞれの想いがありつつも、同じ時間に同じ場所で同じ何かをともに見るということが、お互いの「生きた証し」になるのだと思った。

ラストシーン。2013年の8月11日。13回目を迎えたレインボー祭りの夜。ひとつ前の場面で花火を見上げていた姿とは対照的に、この最後の場面では劇中に登場した数々の死者達が新宿2丁目を見下ろしていた。彼らは皆安らかな表情をしていた。その死者の中にはやはり大地もいて、それはやっぱりお芝居としてではなく現実として涙がこぼれた。でも「彼」もまたとても安らかな表情をしていて、あの笑顔だった。
そして、大地と健一との3度目の再会の場面。2人が握手を交わしたとき、本当に良かったと思った。大地よりも健一にとって良かったと思った。劇中でさりげなく仄めかされていたように、おそらく健一は「ゲイである(かもしれない)」自分に気づいていたのだと思う。彼が大地を遠ざけたのは、大地が嫌いだったからではなく、自分と向き合うことが恐かったからなのだということ。「君が嫌いだったわけじゃない。君のせいじゃない」――大地が亡くなった後、健一はずっと大地にそう語りかけていたのではないかと思った。だから、ラストシーンで健一が大地としっかり向き合って握手できて本当に良かったと思った。けれど同時に、それが大地が生きているときには叶わなかったということが、静かに胸に刺さった。


このお芝居は、今年の春に亡くなった劇団員の羽矢瀬智之さんに捧げられたお芝居だった。観終わった後、寂しくもどこか温かい気持ちになった。その気持ちのなかで、「弔う」とか「悼む」とはどういうことかと考えた。そして、それは、亡くなった人を思い出すことで遺された者が慰められ、亡くなった人を語ることで遺された者が何かを教えられることなのかもしれないと思った。このお芝居はそういうお芝居だった。失ったはずなのにとても大切なものを受け取った、そんなお芝居だった。
とてもとてもいいお芝居だった。


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