劇団フライングステージ第44回公園『お茶と同情』(2018/08/11 下北沢OFF・OFFシアター)

同性パートナーシップ申請(宣誓)、レインボーパレード、一橋大学アウティング事件、国会議員による「LGBTは生産性がない」発言――近年の同性婚を扱った連作と同様に、あるいはそれ以上に「2018年の日本」を強く意識した物語。そして、さりげなく織り込まれた夏目漱石の『こころ』が伏線となって、物語に奥行きと余韻を与えていた。

1.眩しさと後ろ暗さ
母校の高校にやってきた教育実習生・藤原大地が全校生徒に向けた自己紹介の中で、自分はゲイであることを告げたいと言い出したことから始まる物語。「生徒に悪影響を与えるから」「教科書にLGBTは載っていない」などもっともらしい理由をつけて反対する教師達の意見は、正論を主張しているようでありながら防衛的で、何かに怯えているようでもあった。自分に嘘をつかず、自分らしく生きたいと主張するゲイの青年のまなざしはとても明るく眩しい。その明るさと眩しさは、人の心にある闇や影を白く照らし、人がその闇や影に隠している後ろ暗い秘密を暴いてしまうのかもしれない。「眩しくて目を背ける」ということもまた偏見や差別の土壌なのかもしれないと考えさせられた。教育実習生・藤原の生徒へのカミングアウトを頑なに拒む副校長・野崎憲一郎の大声は、自分と対立する他者の意見をかき消していると同時に、自分の内なる声(弱さや怯え)をかき消しているような、そんな気がした。
だから、ゲイであることを隠している40代の高校教師・浅野謙吾の「みんながカミングアウトしなくてもいいんじゃないか」「カミングアウトしない生き方もあるんじゃないか」という問いかけは、カミングアウト自体に対してというよりも、心の奥に容易には折り合いのつけられない想いを抱えて生きざるを得ない生き方を認めて欲しいという主張のようだった。
自分の生きる道を堂々と淀みなく主張する教育実習生・藤原と、自分の考えや生き方について口篭り、戸惑う高校教師・浅野との対比は、「世代」ということを考えた。


2.カミングアウトとアウティング
物語の重要なテーマの一つは「カミングアウト」であり「アウティング」だった。自分がゲイであることを他者に暴露されることを「アウティング」とするならば、酒場で養護教諭・池内知美が、校長室でレズビアンマザーの保護者・中野友里が「うっかり」と「てっきり」によって、高校教師・浅野がゲイであることを告げてしまう場面もまた「アウティング」として解釈可能だった。
物語の中では「守秘義務」「秘密」という言葉が幾度か登場した。明確な悪意によってというだけでなく、無邪気な興味や、思いやりによってさえも、秘密が秘密でなくなる瞬間があるということ。とはいえ、なし崩し的にカミングアウトせざるを得ない状況になった時に、むしろ腹をくくってゲイであることを明らかにする高校教師・浅野や、男子生徒・庄司拓実の姿に、「2018年の日本」が映し出されているようでもあった。


3.こころとこころとこころ
教育実習生・藤原が公開授業で取り上げたのは夏目漱石の『こころ』だった。原作の『こころ』の先生とKと僕、劇団フライングステージによる男性同士の恋愛物語として解釈した『新・こころ』の先生とKと僕、そしてこの物語での高校教師・浅野と亡くなった浅野の恋人・春日と教育実習生・藤原――3つの物語が入れ子になって物語の縦糸として、「2018年の日本」に留まらない普遍的なテーマを浮かび上がらせていた。
その中で、浅野が「分かるようになった」と語った『こころ』における「先生」の自死の理由に「あぁ、なるほど」と心の膝を打った。自分を「先生」と慕う若い世代に出会うことで、自分の中にある「とりかえしのつかない」何かと直面せざるを得なくなるという絶望。と同時に、そんな「先生」に対する若い世代(教育実習生・藤原)からの「死んじゃだめですよ」という言葉の率直さが希望でもあると思った。


4.打ち上げ花火
学校を舞台にしていることもあってか、今回のお芝居には、劇団フライングステージの物語にしばしば登場しかつ親密性を象徴する「食事」の場面はなかった(酒場での飲酒の場面はあったけれども)。その代わり、物語の最後は、主人公達が皆で隅田川で花火を見る場面だった。5年前に上演された『OUR TOWN わが町 新宿2丁目』の最後の場面を思い出した。
夜空に打ち上げられた花火を愛しい人と手を繋いで見上げるということ――そんなささやかな幸せの光景が、静かな祈りのように感じられたのは、思い出す限り生き続ける死者達もまたその夜空の上から花火を見下ろしているからなのだろうと思う。


付記
役者さんがどれもはまり役と思える存在であったのは言わずもがなとしても、個人的には木村佐都美さん演じるBLを愛する腐女子高校生・内藤彩花が強烈な存在感を放っていた。「尊みしかない!」と言い切る盲信・猛進ぶりが、愛おしかった。

http://flyingstage.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/44-tea-and-symp.html

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