とにかくボーカルが素晴らしい。
さまざまな表情を持ちながらも、リズムが目立つアレンジや弾き語りに近いミニマムなトラックは、野太くて艶のある歌声を際立たせる。特に“Next Innovation”と“ダビデ”のボーカルの熱の帯び方と放ち方。曲の終わりに向けて静かに力強く感情の坂を昇っていく。
一方で、そんな肉感的なボーカルとは対照的な打ち込みによるどこかスペイシーなサウンドが、アルバム全体に何ともいえない浮遊感を与えている。直感的に、このアルバムは「あの世」と「この世」を行き来しているようだと思った*1。象徴的なのはアルバムラストの“Born”。タイトルとは裏腹にそこでは死後の自分が歌われている。
おれは帰りたい 骨を撒かれた朝へ
いろんな動物が肉を奪い合う
孫に伝えたい
絶対に離すな Hello boy Hello queen
吠えろ 骨をくわえろ
この曲の吉井和哉のボーカルはとても平穏で安らいでいる。不穏とは無縁の、静かに澄んだ朝の空気のように。
かつて同じ風景を<愛しい屍に鳥達がやってきて/陽炎に揺られながら/残さず食べていった>(20 GO)と歌っていたときのような寂しさは、ない。自分の骨と肉と血が、誰かの<新しい勇気>になるという希望が、ある。
そして、そんな骨と肉と血の希望は、このアルバムで最もファニーな“母いすゞ”の強さの秘密なのかもしれない。十何年と音沙汰がない夫を待ちながら今日も芋を煮てさんまを焼く“母いすゞ”は、恋人を失い、好きなリンゴをかじりながらフランス行きの船に乗った“シルクスカーフに帽子のマダム”とどこか似ているようで何かが決定的に違う。
失うことを恐れず、自分で自分を満たすという境地に足をかけた吉井和哉の音楽は、これからますます強く、面白くなっていくと思う。<「パトリオットミサイル」を「アプリコットミサイル」と言い間違え>(母いすゞ)るようなチャーミングさとともに。
- アーティスト: 吉井和哉
- 出版社/メーカー: EMI Records Japan
- 発売日: 2011/11/16
- メディア: CD
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*1:初回限定盤のジャケットは、葬送の列からはぐれた少女を思わせる。