『The Apples』

吉井和哉の新作を初めて聞くとき、前作からの変化を予感しつつも、いつも必ず予想を裏切られる。そして、繰り返し聞くうちに、その変化はこれまでの彼の作品のなかで予言されていたのだと気づく。

吉井和哉6枚目のソロアルバム『The Apples』。真の意味でのターニングポイント。吉井和哉は階段を登ったのではなく角を曲がったのだと思った。それは突然というよりも必然なのだと感じた。

聞き終えたときの気持ちは「感動」というより「感謝」だった。吉井和哉に対してというよりも音楽に対して。そして、それがアルバム全体を貫いているモチーフだと思った。アルバムの中盤その名もずばり“MUSIC”という曲のなかで、吉井和哉はこう歌っている。

音のない世界あるかな
色のない世界あるかな
どんな時も傷に染み込む
音楽があってよかったな

いままでもずっとこう感じながら音楽をやってきたのだと思う。けれど、それが心の底から納得できた瞬間、胸の中に林檎が落ちるようにその想いがすとんと腑に落ちた瞬間の清々しさがこのアルバムには、ある。聞き手にとっては、重大な告白をあっさりと告げられてしまっているような不思議な感覚を呼び起こす。

その感覚はアルバムの随所で顔をのぞかせる。歌詞やメロディのところどころにさらに磨きのかかった「吉井和哉らしさ」を感じながらも、それ以上にロック、ブルース、ファンク、カントリー、フォーク*1といった音楽スタイルの印象が強く残る。
素人の耳にも「いかにも」と思えるほどに、それぞれの曲が各ジャンルのリズムや曲調をアピールしている。吉井和哉がこのアルバムを自身の「らしさ」よりも、音楽の「らしさ」を優先させて作ったことが伝わってくる。その背後には、そうすることで自身の「らしさ」が薄まることはないという自信と余裕がある。そして、このことががアルバムのコンセプトではなく、吉井和哉がアーティストとして辿り着いた境地として、とても自然な説得力を持って響いてくる。だから、このアルバムはとても「感慨」深い。その感慨は最終曲の“FLOWER”で風に揺られて増幅する。

「傑作」や「名盤」という言葉は、このアルバムには似合わない気がする。そんな言葉がどうでもよくなるような素晴らしさが、このアルバムにはある。だから、このアルバムの素晴らしさを自分なりに表現するとしたら、こんなふうに伝えたいと思う。
私が今まで一番よく聞いてきた吉井和哉のソロアルバムは1stの『at the BLACK HOLE』だった。これから私が一番よく聞くのはこの『The Apples』になると思う。

The Apples (初回限定盤)(DVD付)

The Apples (初回限定盤)(DVD付)

*1:M-13“HIGH&LOW”。吉井和哉の曲を聴いてボブ・ディランを思い出すとは。新鮮すぎる。