THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2019-GRATEFUL SPOONFUL-(2019/7/7 さいたまスーパーアリーナ)

 “天道虫”で派手に幕を開けたライブだった。テーマの異なる4種類のセットリストのうち、今回は「ハート」のセットリストだった。タイトルに「LOVE」とある曲が多く歌われたけれど、そういう歌ほど、セックスと真正面から向き合う反面、愛と真正面から向き合うことに葛藤していて、「吉井和哉にとっての愛」の妙を感じた。

6月に横浜アリーナで観た「ダイヤ」のセットリストのライブと比べて、曲が変わるだけでなく、同じ曲であっても曲順が違うことで曲の印象が大きく変わることが新鮮だった。特に「ダイヤ」で1曲目だった“この恋のかけら”がライブの最後に歌われることで、曲が訴えかけてくるものが「問い」である以上に「答え」であるようなそんな気がした。「答えがない」ということを引き受けるという決意という意味での「答え」とでもいうような。だから、今のイエローモンキーは「安心」して観ていられる。

2曲目“ARLIGHT”の<何よりもここでこうしてることが奇跡と思うんだ>という歌詞がまさにそうであったように、恋人同士の歌であると同時に、バンドのことを歌っていると思える歌がいくつもあった。だからなのか、アリーナクラスにライブの演出の一翼を担うステージ上方と左右の大型スクリーンに、吉井和哉だけでなくエマ、ヒーセ、アニーが映し出される度に何ともいえない安心感・安定感のようなものが伝わってきた。3人の存在感がツアーごと、ライブごとに増してより一層「バンド」になっていることがイエローモンキー再集結の意味であり成果なのだと思った。

今回のライブは2階席最前列で、座席番号が「99」だった。ステージを真正面に見るその席からは、視界が何にも遮られずにステージだけでなくアリーナ席全体も観ることができた。特に、ライブの開始で流れる<砂漠にガソリン撒き散らし・・・>の歌が始まるとともに、真っ暗に暗転したアリーナ席の只中に音響や舞台演出のブースが、何台も並ぶディスプレイの灯りとともに浮かび上がった瞬間の、その光景がとても印象的だった。それは宇宙船のコックピットのようでもあり、有人飛行の宇宙船を打ち上げる地上管制塔のようでもあった。そして、その中にいる20人弱の人影の微動だにしない姿は、目の前に繰り広げられる「ショー」がもはや「失敗できないもの」の域にあるのだということを感じさせるものだった。
その一方で、吉井和哉がライブ中盤で語ったMCがとても印象的だった――「昨日ライブを観に来た、(今はもうバンドをしていない)かつてのバンドをしていた友人が、僕らのライブを見て『もう一度バンドがしたくなった』と言ってくれたことが、そんな感想がとても嬉しかったです」。このMCが象徴するように、どんなにスケールが大きくなろうとも、むしろスケールが大きくなればなるほどステージに浮かび上がるのは、生身の「ロックバンド」であることなのかもしれないと思った。後戻りできない時間の流れの中にあって、一分一秒確実に老いていく生身の身体を生きているという「ロックバンド」であることを、最新のハイテクノロジーの舞台演出を通して確認するということ。それは、ちょうど、ロンドンのハイドパークでローリング・ストーンズのライブを見た吉井和哉が2013年7月7日の七夕に、メンバーに「また僕と一緒にバンドをやってくれませんか」とメールを送ったというエピソード*1にも通じていることなのかもしれないと思った。

再集結後のイエローモンキーは「ロックバンドというドラマ」ではなく「ロックバンドという奇跡」を生きている、見せているーーそう思う瞬間がいくつもあるライブだった。本編終盤の“SUCK OF LIFE”で最後に吉井和哉が歌い上げる「LIFE」という言葉の意味の重さを感じずにはいられなかった。そんなライブだった。

ロックバンドが美しいのは、彼らが「不死身の花」ではない、からなのだろう。

THE YELLOW MONKEYセットリスト(2019/7/7)
天道虫
ARLIGHT
Love Communication
Love Homme
楽園
Love Sauce
Stars
パール
Changes Far Away
SO YOUNG
Ballon Ballon
追憶のマーメイド
Titta Titta
LOVE LOVE SHOW
SUCK OF LIFE
I don't know

 

―encore―
Horizon
バラ色の日々
悲しきASIAN BOY
この恋のかけら

*1:このエピソードが若干の「歴史の修正」を伴うものであったことがアンコールの“バラ色の日々”のイントロで暴露されたけれど、ファンがさしてたじろがないという(笑) 。