友部正人(2014/03/30 吉祥寺STAR PINE'S CAFE)

友部さんのライブに行くと、本を読む人を見ることができる。開場から開演までの間、文庫本や単行本を読む人の横顔や背中は静かだけれど、輪郭がはっきりとして見える。世の中には「質の良い孤独」というものがあるのだとわかる。
友部さんの歌は「質の良い孤独」そのもののようだ。だから友部さんの歌は、歌い手だけでなくその聞き手の輪郭をもはっきりとさせてくれる気がする。ライブ中の観客の静止と沈黙は、無数の情報の網目の中を彷徨し饒舌になることと対照的に、「昆虫標本の虫」のように観客が歌というピンで自らを深く突き刺している――そんなふうに見える。


友部さんがステージに登場して、聞き覚えるのあるギターのフレーズを弾き始めたと思ったら、ボブ・ディランの“Don't Think Twice, It's Alright”だった。ワンコーラスだけの「練習」。
セットリストは、昨年リリースされた『ぼくの田舎』の曲と新曲が中心だった。佐藤克彦さんのギターと、安藤健二郎さんのクラリネットとサックスは、演奏を厚くするというよりも深くするような優しさと温かさを帯びていた。
第1部の中盤で歌った“6月の雨の夜、チルチルミチルは”。この曲を聞いてこみ上げてくる感情は「感動」以上の何か、「感動」以外の何かを含んでいるのかもしれないけれど、やはりそれは「感動」という言葉に収めておきたいとも思った。この曲の<もしも死にに行く人になら/いい思い出だけにはなりたくはない>というフレーズを聞くといつも考えることがある。このフレーズの「だけ」は限定を意味する「だけ」なのか、否定を強調する「だけ」なのか、と。友部さんに尋ねてみたい気もしたけれど、歌の謎を解き明かしてしまうのはもったいことだとも思った。

今回のセットリストは、愛についての歌が多かった気がする。終盤のフレーズを佐藤さんと安藤さんのコーラスとともにアカペラで歌った“愛について”,新曲の「ストーリーを育てる温かい木」が印象的だった。


そして、アンコールで歌った“一本道”は,今までライブで聞いたどの“一本道”よりも迫力があった。赤味を帯びたオレンジ色の照明に照らされて、友部さんも観客も影を濃くしていた。そのなかで、背中を深く曲げて頭を垂れている男性の後ろ姿が目に入った。歌に心を突き刺されることは、何かに打ちのめされることと似ているのだと思った。

ライブの中で友部さんは「この前、若い男の子に『友部さんみたいに地味に生きたいです』と言われて…だから僕は地味の最先端です」と少し笑いながら言っていた。その少年にとっての「地味」とは「豊かさ」の言い換えなのだろうと思った。

いいライブだった。