スピッツ「猫ちぐら」

デジタル配信でリリースされたスピッツの新曲「猫ちぐら」。新型コロナウイルス感染症により、社会や生活のあり様が潮が満ちるように少しずつ、しかし確実に変化を強いられるなかで、メンバー同士が顔を合わせることなく「リモート」で製作されたこの新曲は、タイトルも歌詞も曲もアレンジも、そしてジャケットもすべてが「あぁ、スピッツだ」という安心感を与えてくれる。ライナスが肌身離さず抱きしめている「安心毛布(セーフティ・ブランケット)」に包まれるようなその安心感は、いつの間にか自分の心を侵食していた緊張や不安の存在に気付かせてもくれる。

猫ちぐら」というささやかで愛らしいタイトルとは裏腹に、<作りたかった君と小さな/猫ちぐらみたいな部屋を>というフレーズは、それが「叶わなかった望み」であることを告げる。そして、さらに草野マサムネはこんなふうに歌う――。

驚いたけどさよならじゃない
望み叶うパラレルな世界へ
明日はちょこっと違う景色描き加えていこう

「パラレル」すなわち、どこまで延長したとしても永遠にまじりあうことのない二つの線――2016年にリリースされた「みなと」で、主人公が立つ港の防波堤とその先の水平線をふと思い浮かべた。<驚いたけどさよならじゃない>と歌われる前提にある、「喪失」のことを考えた。
失ったにもかかわらず、だからこそむしろ決して失われることない望み、叶わなかったからこそずっと願い続けられる望み.。その象徴としての「猫ちぐら」。永遠に交じり合うことはないがゆえに純粋さだけを増していく望みを抱えながら、力強くはなくてもどうにか生きて行こうよと、そんななけなしの勇気と優しさが、この曲にはある。

何が失われたのか不確かで、別れの挨拶を告げる機会もなく「さよなら」をしているような、そんな「曖昧な喪失」に満ちた世界の隅っこで、スピッツは離れていても新しい歌が生まれること、離れていても歌を届けられることに、挑んだのだと思う。だから、「猫ちぐら」というタイトルも含めてこの曲は、スピッツ一流の応援歌であると同時に、変化する世界の波にかき消されそうな小さな声を届けるプロテストソングでもあるのだと思う。

曲の後半で歌われる<弱いのか強いのかどうだろう?/寝る前にまとめて泣いている/心弾ませる良いメロディー/追い続けるために>というフレーズを聞いて、2011年の東日本大震災直後に、草野マサムネが急性ストレス障害になったことを 思い出した。この曲は、泣けること、そして追い続けたい夢があることが強さなのだと教えてくれているように感じた。

猫ちぐら

猫ちぐら

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