Livingstone Daisy 『33 Minute Before The Light』

b-flowerの八野英史、岡部亘と、細海魚から成るLivingstone Daisyの1stアルバム。「静かな、愛に満ちた音楽」だと思った。
タイトルとジャケットの写真が象徴するように、決して明るくはないけれど、夜明けを待つ間の静けさと、白々とした明るさの予感がアルバム全編を満たしている。
一音一音が繊細に丁寧に配置されたサウンドは、シンプルであるがゆえにかえって濃密で豊饒なサウンドスケープを立ち上がらせる。それを聞く耳は、夜明けを感じる瞬間に経験するあの妙に五感が研ぎ澄まされた感覚を追体験しているかのような錯覚に陥る。

“どこにも行けないでいる”、“この悲しい世界”という曲のタイトルが示す閉塞感や疎外感を基調としながらも、アルバムのそこかしこで囁かれる愛の風景が“この悲しい世界”をサバイブする術(すべ)となって、ささやかだけれど大切なことで満たされたもう一つの世界を出現させる。それは少し夢見がちでありながら地に足のついた暮らしを感じさせる。
そして、その風景は、くぐもった音像のインストゥルメンタル曲“町”で綴られる写実的な朝の風景と対照を成す。けれど、その写実的なリアリズム、例えば<駅の駐輪場/側溝の金柵にこびりついてひからびた嘔吐物/缶ジュースの自販機のコイン投入口付近に残された蛾の薄茶色の鱗粉>という一節にあるようなくすんだ日常を鋭敏にとらえる感性は、その感性で薄汚れた風景を断罪し、それを文学的風景に読み替えてしまうという意味で、繊細でありつつ強靱でもある。だから,アルバムの1曲目“Nocturne”はこんなにも力強いフレーズで始まっていたのだと思う。

さあ行こうぜ
深い闇を抜けて
僕が君を守るから
ぎゅっとつかまっていてね
瞬きの奥に棲む 果てのない闇のなかで

音楽はなんなのために 鳴り響きゃいいの/こんなにも静かな世界では>(新しい人)と歌ったのはフィッシュマンズ佐藤伸治。このフレーズとは対照的に、Livingstone Daisyの音楽は、こんなにも騒がしい世界のなかで静かに、静かに鳴り響いている。この音楽に「何のために」と自問するそぶりがないのは、この音楽が音楽であることに自足し、満たされているからなのかもしれない。だから、その意味でLivingstone Daisyの音楽には「音楽の幸せ」があり、その幸せが聞き手の耳を、心を癒す。


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