YOSHII BEANS(2012/12/28 日本武道館)

毎年恒例となった12月28日の「YOSHII BUDOKAN」は、今年はFC会員限定の「YOSHII BEANS」。ステージを映す大型スクリーンはなかったけれど、客席のどこにいても吉井和哉の存在を身近に感じたのではないかと思えるような、ステージと客席の距離感の近いライブだった。それは単に吉井和哉がいつもよりリラックスしていて、くだけたMCが多かったというだけではない気がした。「一番古い曲で始まって一番新しい曲で終わる」という言葉通りの、イエローモンキーの曲もカヴァー曲も未発表の新曲も織り交ぜた幅の広いセットリストを歌う吉井和哉の姿に、それをしっかり受け止めてくれるだろうというファンに対する信頼感のようなものを感じたからだと思う。自身のキャリアのいつの時代のどんな曲もてらいも迷いもなく歌うその姿は、堂々としていて、軽やかでもあった。

ライブのハイライトは2つあった。
1つはライブの中盤。“夜明けのスキャット”のギターのアルペジオの余韻を一瞬で奈落に突き落とすような重い調べで始まったその曲の歌い出し。<あたしが着いたのは/ニューオリンズの/朝日楼という名の女郎屋だった>。アニマルズで有名な“朝日のあたる家”のカヴァー。より正確には浅川マキが詞をつけてちあきなおみが歌った“朝日楼(朝日のあたる家)”のカヴァーであるこの曲には、これまでに吉井和哉が歌ってきたどのカヴァーとも違う何とも言えない凄みがあった。大げさではなく「情念」という言葉が浮かんだ。
曲を聴きながら、吉井和哉が初めて歌詞を書いた“LOVERS ON BACKSTREET”は家族を失った娼婦の歌だったことを思い出した。女性の1人称の歌だった。バンドもソロも含め吉井和哉が女性を1人称で歌った歌(シルクスカーフに帽子のマダム,BURN,NAI,SWEET CANDY RAIN,恋の花,おじぎ草…)は,吉井和哉にしか歌えない独特の悲しみと切なさと美しさを湛えている。それらの曲にはどれも「女性を歌っている」というよりも「女性が歌っている」と感じさせるものがある。“朝日楼”はその究極という感じがした。吉井和哉の中には一人の女性が棲んでいて、彼女が吉井和哉の声と体を借りて歌っているような、そんな歌だった。ステージを照らすオレンジ色の光は、歌のタイトルとは裏腹に夕日の色だと思った。吉井和哉は人生の黄昏を、正真正銘のブルースを歌っていた。

そして、このオレンジ色の光が真っ白に変わった“シュレッダー”もとても良かった。初めてこの曲をいい曲だと思った。この曲をハンドマイクで歌う吉井和哉を初めて見た。間奏の後、ステージに膝をついて両手でマイクを握りながら歌うその姿は,どこかあどけないとさえ思える純粋で透明な佇まいだった。それはひとつ前の曲に横たわっていた暗く深い情念とは対照的だった。どんなに求めても叫んでも、それは「彼女の悲しみ」には届かないという「彼の悲しみ」――これはそんな悲しみを歌ったラブソングなのかもしれないと思った。

もう1つのハイライトはライブの最後。2回目のアンコール。ライブで初めて披露された新曲の“血潮”。スパニッシュギターの名手、沖仁をゲストに迎えたその曲は、演奏前の緊張した姿とは裏腹に、とても力強く真っ直ぐに始まった。1か月前の武道館で“HEARTS”を初めて聞いたときにも感じたように「迷いがない」と思った。
歌う前、「歌詞がどれだけ聞き取れるか分からないけれど…」と言っていたその歌詞は、女性の1人称だった。熱く何重にも重なり絡まり合うギターの音のなかで十分には聞き取れなかったけれど、曲の最後で「彼女」はこう言っていた。

さようなら いつも 怯えていた私

吉井和哉の中にいる「彼女」が俯いていた顔を上げたのは、もしかすると初めてじゃないかと思った。「悲しみは癒えないけれど歩き出そう」という、そんな決意の歌に聞こえた。

この日のライブには2つのハイライトがあった。ライブが終わって思い返してみるとその2つは実は1つにつながっている気がした。
いいライブだった。

吉井和哉セットリスト(2012/12/28)
Romantist Taste(THE YELLOW MONKEY)
I WANT YOU I NEED YOU
黄金バット
Next Innovation
リバティーン
Fallin’ Fallin
夜明けのスキャット(由紀さおりカヴァー)*1
朝日楼(朝日のあたる家) (ちあきなおみカヴァー)*2
シュレッダー
Don’t Look Back in Anger (Oasisカヴァー)*3
Music
VS
ロックンロールのメソッド
点描のしくみ
Heart


(encore1)
バッカ
星のブルース
東京ブギウギ(笠置シヅ子カヴァー)*4
アバンギャルドで行こうよ(THE YELLOW MONKEY)
FINAL COUNT DOWN


(encore2)
血潮(新曲)

*1:イエローモンキーがシングル“嘆くなり我が夜のFANTSY”のC/Wでカヴァー。

*2:作者不詳の“The House of Rising Sun”のカヴァー。浅川マキの日本語詞によるカヴァー。

*3:吉井和哉オリジナルの日本語詞によるカヴァー。

*4:カヴァーというか悪ふざけというか…w