「FLOWER」(2011/03/18 ミュージックステーション)

東日本大震災から1週間が過ぎた2011年3月18日。生放送の「ミュージックステーション」で吉井和哉は歌った。
番組の始まりから終わりまで、その表情はずっとこわばったままで、沈痛や神妙さのなかに憔悴さえ感じられた。頬の窪みと皺がより深く濃くなっていた。

ちょうど15年前の3月。同じこの番組で吉井和哉はザ・イエローモンキーとして出演し、後にバンドの代表曲となる“JAM”を歌った。番組としては異例のほぼノーカットの5分間の演奏の終わり、吉井和哉はこう歌っていた。

外国で飛行機が堕ちました ニュースキャスターは嬉しそうに
乗客に日本人はいませんでした」「いませんでした」
僕は何を思えばいいんだろう 僕は何て言えばいいんだろう

世界の悲劇や矛盾を感じ取りながらも、テレビの前にいて報道のあり方に疑問を感じ、自分を問い返すだけの余裕が、この名曲にはまだあったのかもしれない。外国ではなく日本で起きた喩えようのない大きな悲劇に、テレビの視聴者としてではなく出演者として直面する吉井和哉の姿を見てそう思った。テレビに映る吉井和哉は<僕は何を思えばいいんだろう 僕は何て言えばいいんだろう>というかつて自分が発した問いを容赦なく突きつけられその答えを見つけられないまま、カメラの前に立っているようだった。

だから、テレビの中の吉井和哉はとても「無力」だった。けれど、その無力さこそが吉井和哉の歌の「力」なのだと思った。
手の震えを抑えるように強くマイクを握って、目を赤く潤ませながら歌った「FLOWER」。これから咲く花を想い、歌っていた。

そう泣くことも そう笑うことも
小さいがたくましい花びらのよう 黙って揺れている


閉まりきった窓が 開かれた時の 風の音や匂い あの日の過ち
偏り過ぎてた記憶のバランスが とれたら思いきり真っすぐ咲こう


さあ花のように さあ揺るぎなく
短いが美しい時を繋ごう キレイな色してる
黙って揺れている それは永遠に続く

花が揺れることを知っているからこそ歌える「揺るぎなさ」と、花の命の短さを知っているからこそ歌える「永遠」。それに重なるように、「自分が無力であることを知っている」からこそ歌える力強い歌だった。

僕にできることは歌うことだけ」――できることの背後にある無数のできないことの痛みを引き受けつつ、何も誤魔化さず取り繕わずに歌ったその姿は、とても感動的だった。
本当にいい歌だった。